村上春樹著『アフターダーク』を読んで

 一人称「僕」から決別し、三人称にシフト・チェンジした最初の作品ともいえる『アフターダーク』。時系列でいうと、2002年の『海辺のカフカ』(ナカタさんパートは三人称)に続き、2004年に発表された長編小説。三人称という文体がそうさせているのか定かでないが、『アフターダーク』と、その次2009年にリリースされた『1Q84』は、非常にわかりにくいという感想を持っている人が多いのではないだろうか。まあ僕もこの2作品に関して、物語としてはさっぱり要領を得ないというのが正直なところ。でも僕はこの『アフターダーク』で描かれる夜明け前の新宿という舞台とその世界観に、不思議な親近感を抱いており、好きな作品のひとつと言える。今回、長丁場の旅行にあたってわざわざ持ち出して読み返したいと思うほどの特別な位置付けなのだ。アイロニー


 後々気づいたのだが、新宿って街は、僕にとっての「東京」を象徴するスポットであると。上京間もない頃、昼間に歌舞伎町の裏通りを歩いていたら、ホームレスがゴミ箱をひっくり返して、うどんのようなものを貪り食っているところを目にしたことがある。それで、まわりにも人が歩いていたのだが、特に気にも留めずいるわけで、こんなのでも許容範囲なのかと眩暈がした記憶がある。でもこれが東京なんだろうなと。表と裏の顔があって、表で笑う人と、裏で口を閉ざしている人がいると。数多くの店と物が立ち並び(でもそれを享受できるか否かは定かではない)、金の臭いがし(でもそれを手にできるか否かは定かではない)、セックスの気配があり(でもそこにたどり着けるか否かは定かではない)、で、しかし明確に暴力という脅威は感じる場所。『アフターダーク』の中では、これらが、ちょっとずつ顔を出して、結局これといった結論が出ないまま終わってしまうという展開に、なぜか心を揺さぶられてしまうわけである。東京という場所って、何でもあるけど、「結論」だけはないんだよね。


 また帰りの飛行機でも読んでみようかな。そんな長い物語でもないし。


【内容情報】(「BOOK」データベースより)
時計の針が深夜零時を指すほんの少し前、都会にあるファミレスで熱心に本を読んでいる女性がいた。フード付きパーカにブルージーンズという姿の彼女のもとに、ひとりの男性が近づいて声をかける。そして、同じ時刻、ある視線が、もう一人の若い女性をとらえるー。新しい小説世界に向かう、村上春樹の長編。