低学歴の世界と僕が子供をつくらない理由のようなもの

◆低学歴と高学歴の世界の溝はてな匿名ダイアリー


 何気なく見かけたエントリーだが、とても共感してしまった。確かに「低学歴の世界」と「高学歴の世界」の溝というものは存在するし、僕自身もこの増田さんほどではないにしても「低学歴の世界」も「高学歴の世界」も両方知っている人間だと自覚している。もひとつ付け加えるなら、高→低と推移してしまったのではないかとも思っている。だからこそ、「高学歴の世界」のすばらしさと、「低学歴の世界」が本当に普通に存在していることを強く自覚できる。


 どこから以上が「高学歴」で、何以下が「低学歴」に属するかなんて個々人の主観でしかないため、どこかの国と国の国境ほどではないにせよ、そのボーダーは、はっきり存在している。そしてこの区分もお勉強ができるできないや履歴書的な「学歴」でないだろう。まああまり好きな言葉ではないが、教養とかデリカシーという言葉のニュアンスの方が近いかもしれない。高卒でも、多くの金と人を動かしている人はたくさんいる。逆もしかり。でも、本当に何にも知らない、何にもできない、何にも気づかない、何でもすぐに忘れてしまう人だって、それなりに生きていけるわけである、この日本では。

底辺高校で教師をやっている友達が嘆いていた。
頭のいい子がいて大学進学を進めても親にその気がなければ、もうそこでその子の人生は地元止まりだと。


 そして、その要因の大部分が「親」にあるというのも非常に納得できる。僕の両親はたいした学歴があるわけでもないけど、どういうわけか僕と妹を当たり前のように大学進学させてくれた。これといった話し合いなどした覚えはないのだが、自然と大学に行く体で、僕らの進路の準備はできていたのだ。この点に関しては、感謝を通り越して不思議だと思うのが正直なくらいである。あんだけ適当にやっていたのに大学行って良かったのかいと。ただ、僕にとっては非常に大きなポイントだったことは間違いがない。


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 で、話は少し逸れて僕自身の話なのだが、この記事を読んで、少し前の酒の席のことを思い出した。結婚して3年ほど経つが、君等は子供をつくらないのかね、という話になり、イエス、つくらないという返答をした。


 僕が子供を望まない理由は、自分が親として子供に何かを教えることなどできないように思うからだと、そのとき答えた。紛れも無い事実であり、それが僕にとってのすべての物事においての一番の足枷となっている。つまり、今覚えた言葉を使うなら、父親として「高学歴の世界」に歩みを向けるよう教育していきたいのに、何もできないまま自分の子供を「低学歴の世界」側に陥れてしまうのではないかという恐怖があるのだ。僕は他人に自分の意見を言うことなど、1年に一度か二度くらいしかない。あとは言いたいことがあっても噛み殺す。多分子供に対してもそうなるだろうという気がする。そして思い通りにいかないことにストレスを抱えはじめると、ろくな家庭にならないだろうし、結果的に、模範的な「低学歴の世界」側の家族になってしまうだろう。まあこう考えてしまう時点で、僕はもう「低学歴の世界」の世界に浸かってるのかもしれないけどね。ともかく、自分の両親が僕を大学に行かせてくれたような寛容な教育など僕にはできるわけがないという思いが強い。


 そして嫁も、細かい理由は違えど、子供を望んでないわけなので、だったらこのままでいいじゃんという、しごくイージーな結論に至ってしまうわけだ。少子化とか日本の未来がどうとか言われようと、僕らは2人の意に反して、リスクを冒してまで子供をつくろうという気にはなれない。今のところは、と一応付け加えておくが。