沢木耕太郎著『深夜特急(1) 香港・マカオ』を読んで

 有名な旅行エッセイとして、ちょいちょい、この『深夜特急』という名前を目にしたことはある。が、ここにおさめられている地域や国に特に関心がなかったので、気にすることもなく放置していた。ただし今回、インターネットもテレビもない部屋で1週間あまり過ごすことになって、何か読むものはないかと思い巡らせてみた結果、『深夜特急』が見つかった。何冊かの文庫に分けられているようだが、ちょうど1巻が「香港・マカオ」を舞台としたものだったので、願ってもないことだ。Wi-Fiの通じるエリアで、iBooksから購入して、香港島にある13階の何もない部屋で読み進めた。


 書籍は1994年に発売されているが、実際に著者が香港・マカオを旅したのは1986年とのこと。今から30年近く昔の話である。この頃の香港はイギリス統治下で1997年の返還まで、まだ10年以上あるという時代。同じくマカオもポルトガル領で、1999年の返還まで、まだまだ多くの時間を残している。僕らが東京オリンピックに夢を抱くように、彼らも返還を待ち望んでいたのかもしれない。そんな時代の旅行記だ。


 内容は、非常にライトだった。鮮やかな風景描写や深い人生哲学や気の利いた比喩が散りばめられているわけではなく、「出来事」を丁寧に伝えている感じ。でも香港の大雑把さというのは、的確に描き表している。今も昔も、華やかさと雑が表裏一体となった国なのだ、ここは。


 僕が非常に楽しめたのは、マカオのカジノに関する一連の話。ギャンブルにのめり込むと「人が変わる」という表現があるように、この人の場合もカジノの話になると、文体が変わっているような気がする。アツくなっているのだ。ただ、さすがだと思えるのは、攻撃的で猜疑的で盲目的になっている自分を、客観的に記述していること。カジノでの勝ち、負け、そして、いつ止めるかという葛藤を経験したことがある人なら、かなり読み応えがあるはず。というか、時代も時代だからなのかもしれないけど、カジノでイカサマなんてある(あった)のかな。イカサマを見抜いてやる、みたいな決意がしつこいくらい濃く描かれていた。僕にとってのカジノというのは、スロットはもちろん、大小もバカラもポーカーも、すべてのゲームが電子卓の前で1人でプレイできるので、ディーラーとの駆け引きなんて考えてもみない。それに、言葉もわからない人間相手に賭け事なんて、なんか怖くてできないしね。でもまあ、家でカジノ・ゲームでもやってる感覚でリアルのお金を賭けるってのでは、ここまでおもしろい話はできないよなとも思った。やっぱり「人と人が何かをする」からこそ、語るべきストーリーや事件が生まれるわけなのだと思う。


 でもまあ、この先の続編は、今のところ読もうとは思わないな。


【内容情報】(「BOOK」データベースより)
インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合いバスで行くー。ある日そう思い立った26歳の〈私〉は、仕事をすべて投げ出して旅に出た。途中立ち寄った香港では、街の熱気に酔い痴れて、思わぬ長居をしてしまう。マカオでは、「大小」というサイコロ博奕に魅せられ、あわや…。1年以上にわたるユーラシア放浪が、今始まった。いざ、遠路2万キロ彼方のロンドンへ。

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 朝の光ー発端/第2章 黄金宮殿ー香港/第3章 賽の踊りーマカオ/対談 出発の年齢(山口文憲沢木耕太郎