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成人式の思い出

 1998年になります。僕が成人式というものに参加したのが。この頃はまだ1月15日で成人の日が固定されていました。その翌年を最後に、翌々年の2000年からは成人の日はハッピー・マンデーとして流動的な日程となります。


 1998年も成人式の前日だか前々日、関東全体に大雪が降り、交通機関がすべて麻痺し、金沢に戻れないんじゃないかというくらいのパニックっぷりでした。前にも触れたとおり、東京で販売されている靴は雪を想定していないので、東京人は雪が積もると歩けなくなってしまうわけです。転んだりして、簡単に死傷者さえ出てしまいます。これは大事になったぞとテレビは報道するのですが、しかし東京の雪なんてものは局地的に降り積もり、あっという間に消えてしまうのもなので、僕は1月14日に、何事もなかったかのように飛行機(スカイメイト)に乗って帰省して来ました。


 成人式は、どこかの公民館みたいな所で、中学校単位で集まりました。しかし今日から成人、大人なんだというような責任感を感じたり、強い志を持つようなことは、一切ありませんでした。ただ、昔の友だちと集まることができるから顔を出してみたというくらいの温度感です。もちろん、どこかの偉い人の話などもありましたが、微塵も記憶にありません。また当時の先生方も出席してたはずですが、まともに挨拶したかどうかも怪しいものです。むしろ、もう大人になった、誰の世話にもならねーよというようなイキがった態度、間違った自由さを植え付ける式典だったとも思えるくらいです。「成人式で暴れる新成人」が恒例ニュースになる、少し前の時代。暴れはしないまでも、当時から真面目に出席している人間など少なかったのではないでしょうか。そして、式のあとは夕方から繁華街に出て、飲み会みたいのがあって、ただわいわいやったという記憶しか残っていません。正直、今となっても、こんな行事必要なのかなという疑問符は付きまとってます。教訓として何かを得たとか、気づいたとか、そういったことは今でも思い浮かびません。そもそも当時は2年くらい前まで、そこらで学生やってたわけなので、同窓会のような手応えもなく、誰かの結婚式のような門出を祝う場でもなく、公的で大掛かりな飲み会みたいな印象しかないのです。成人式に対しては。


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 一時期、成人年齢を18歳に引き下げるみたいな話が挙がったこともありました。でも僕は、自分の経験からも、成人や成人式のような区切りは、二十歳より後のほうが、ありがたみをしっかりと感じられると思います。2回目の年男、年女を迎える24歳とか。二十歳の人間は、よくも悪くも勢いだけで突き進む時期なので、こういった式典の意味を吟味などしないでしょう。だから無駄な気がするんですよね。