『甲子園刻まれた伝説』を読んで

負けて、甲子園に出られずに終わっても、その後の人生で幸せになっている人がいくらでもいるし、逆に、勝って、甲子園で優勝しても、不幸に見える人がたくさんいる。(中略)だからこそ、野球という人生の教材の使い方を、いつも思い悩みながら考えている。


 図書館の「今月のおすすめコーナー」で見かけて何気なく借りてきたのだが、なかなかどうして、非常に読み応えのある一冊だった。


 全部で6つの章があるが、どのテーマも「そこを突くかぁ」という切り口が斬新。作新の江川でなく広商の達川であったり、星稜箕島の延長18回の死闘を裁いたナインではなく審判であったり、池田のエース水野でなくキャプテンの江上だったり、駒大苫小牧の田中、早実の斎藤ではなく、駒大苫小牧監督の香田であったり……(冒頭の引用は香田さんの言葉。ちなみに香田さんはもう駒大苫小牧を離れているのだとか)。もう出尽くしている「伝説」の、そのほんの少しだけ横にいる誰かにスポットを当てているという目の付け所が素晴らしい。


 特に冒頭の元カープの達っちゃんこと達川氏の高校時代のエピソードは非常におもしろかった。そもそもあの達川氏に高校球児時代があり、甲子園に出場していた、しかも同級生には怪物江川がいて、対江川として奇天烈な練習に励んでいたなどという数々の逸話が、僕にはとても新鮮。特に高知商との練習試合での一幕には心温まるものがあった(同じ高知県の明徳義塾さんにも読ませてあげたいものだ)。達川氏は、どちらかと言えば、ひょうきんキャラで「何やってんだよ、このおっさん」みたいなイメージだが、氏のブログを見てもなかなか思慮深く、また一時代を築いた名キャッチャーなだけあって観察力に優れ、人間味のある人物であることが改めて感じられた。


 確かに甲子園は、一部のスターに注目が集まり、やれスピードが何キロだの、やれホームランが何本目だのという活字が目につく。しかし、どちらかと言えば、怪物級のスター選手のコメントや人間性よりも、その側にいた一選手のエピソードの方が、よっぽど親近感があるし、僕らが本当に知りたい、知っておいて実用性のあるもののような気もする。この時期にぜひ読んでおきたいおすすめの一冊だ。


【内容情報】(「BOOK」データベースより)
ドラマチックシーンをめぐる選手、監督の思いとその後の人生の軌跡-。語り継がれる名勝負、名シーンをめぐる球児たちの物語。

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 怪物江川、敗れる-広島商業達川光男 1973年4月5日 広島商業vs.作新学院/第2章 「延長18回」の肩書き-星稜・堅田外司昭 1979年8月16日 箕島vs.星稜/第3章 豪打池田の衝撃-池田・江上光治 1982年8月18日 池田vs.早稲田実業/第4章 サッシーの夏-海星・酒井圭一 1976年8月17日 崇徳vs.海星/第5章 優勝投手の流浪-桐生第一正田樹 1999年8月21日 岡山理大付vs.桐生第一/第6章 連覇の傷あと-駒大苫小牧香田誉士史 2006年8月21日 駒大苫小牧vs.早稲田実業

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
矢崎良一(ヤザキリョウイチ)
1966年山梨県生まれ。出版社勤務を経て、独立。アマ・プロ問わず野球界を幅広く取材し、ルポルタージュを執筆

渡辺勘郎(ワタナベカンロウ)
1959年東京都生まれ。『週刊文春』契約記者を経てフリージャーナリスト(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)