平成最後の

 来年になったけど、去年の今年の漢字でも。


 年末も年始も今もなお聞き飽きたくらいに言われ続けている「平成最後の――」というフレーズ。確かに最後といえば最後なわけで、なんら間違いはないのだが、実際年号が変わったとことで、僕らの生活は劇的に変わるわけでもないし、5月からの毎日も思ってる以上に何事もなく通り過ぎていくんだろうなと、ある程度シラケた思いの自分もいる。騒ぎ過ぎだろうと。とはいえ、前もって最後がわかっているということは、受け入れる側も気持ちや環境や心身ともに諸々整理ができて悪くないことのようにも思える。たいていの物事というのは、知らない間にゆっくりと進行し、気づかないうちに手遅れになっているもの。特に良くないことは。ああ、なにかが終わって、次になにかがはじまるんだなと、しみじみと噛みしめる余裕があるというのは、贅沢なことなのかもしれない。僕にとっても、期せずしてまた金沢での生活がはじまった1年でもあったわけで、大きな太い文字で「区切り」と書かれたような平成最後の年だったように思える。


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 ということで、僕の今年の漢字「幕」。終了の意味も、開始の意味も持ち合わせている「幕」。でも、「平成最後の――」という幕が降りるイメージではなく、「新しい年号最初の――」という幕が開く意味合いの方がポジティブでいいのかもしれない。平成の最後に、新しい幕が開くのを待っていた1年というような。

血液型のカラクリ

 香港人も中国人も台湾人も血液型には、さっぱり興味がないらしい。でも、日本人として生きていると、血液型には一定以上の信憑性はあるなと誰もが感じているだろう。なんだかんだ言って、A型の人はAっぽいし、B型の人は見ていればだいたいわかる、みたいな。でも、どうしてたった4種類しかない血液型の枠に人があてはまるのか、そのカラクリがわかってきたように思う。まず知り合いの香港人の話から。


 彼女は他の多くの香港人に違わず自分の血液型を知らなかった。でも日本人がことあるごとに血液型の話をするので、自分の血液型くらいは知りたいと思うようになったそうだ。で、いい具合に健康診断のタイミングがあったので、自分の血液型を調べてもらうことにした。そこで僕は日本人を代表して、彼女の血液型を当ててやろうという話になった。血液型ってけっこうわかるもんだぜ、信憑性あるんだぜってところを知らしめるためにも。僕は、彼女はおそらくB型かAB型だろうと予想した。なんとなくアウトローで落ち着きのない性格なのだ。そして彼女の母親はA型なんだという貴重な手がかりも掴めた(父親の血液型は不明)。となると、確率的にはAB型である可能性が高い。間違ってもA型ではない。そんな日本人的な予想を踏まえて、結果を楽しみに待っていた。で、結果が出た。



 結果は、なんと、A型だという。


 いやいやいや、A型だけは絶対ないだろう、Aなわけがない、なんかの間違いだ。と、僕は自分の予想が外れたこともあってか大否定した。で、彼女は意味もない人格否定をされつつ、なんだか双方とも釈然としない結果に終わったという話である。


 で、気づいたこと。


 日本人の場合は、このように自分の血液型と自分の性格が合っておらず、誰かから一方的に否定される経験は少なからずあるだろう。A型なのに几帳面じゃない(と他人には思われてた)とか、B型なのに協調性がある(と他人が言ってきた)など。となると、不思議と本人もおもしろくないと感じる。逆に、あ~O型ねわかるわかるとか、AB型っぽいなぁ〜、なんて言われると、自分のことを理解してもらえたようで嬉しかったりもする。その結果、知らず知らずのうちに、自分の性格を変えてしまったり、良くない一面であっても意図的に変えないようにしているのだ。自分の血の型に、思考や行動を寄せていく。日本の社会で生きていると、特に新しい学校や職場やグループに加わり血液型の話になるたびに、血液型に合わせた自分の性格調整を無意識のうちにしているのだろう。その結果、A型の人はA型らしく、B型の人はB型らしくなっていくに違いない。でも、そもそもこういった調整をしてない香港人、血液型別の特徴を知らない香港人は、A型でもガサツな人はいて当然なわけである。おそらく彼女は、もし自分の血液型を意識して生きていく気があるのなら、これから徐々にA型っぽく調整していくだろう。


 ということで、あくまで日本で生活をしている日本人にとっては、血液型というのはその人の性格の一面を表す信憑性のあるモノサシのひとつで間違いないと思う。だって、みずからその性格に合わせていっているのだから。

13日北國新聞朝刊「地鳴り」に載ったよ

小松ー香港の定期便楽しみ(原文)<北國新聞「地鳴り」


10月の投書で、日本全国から金沢へのアクセスが良くなり知名度が上がった一方で、海外のアクセスにはまだ課題が残ると書いた。その矢先、小松空港と香港の定期便就航というニュースが飛び込んできた。非常に嬉しい。外国人訪問者が増えることはもちろんだが、石川から海外旅行の選択肢が増えることも楽しみだ。
香港の魅力といえば、金沢市白山市よりも小さな面積の中に世界有数の人口を抱え、同じアジアとは思えない雑多な人種と文化を味わえること。100万ドルの夜景はもちろんだが、40階超の高層マンションが立ち並ぶごく普通の住宅すら、思わずシャッターを切りたくなる。飲茶、点心、お粥…聞き慣れたメニューも独特の癖になる不思議な味わいはきっと思い出に残るだろう。多くの人に足を運んでほしい。
海外には他にも魅力的な都市はたくさんある。小松空港はタイやシンガポールとの定期便も実現させ、北陸最大の国際空港を目指してもらいたい。


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 編集の都合でどうしようもないことだけど、紙面に掲載される場合は、どこかしらの文章がカットされるんだよね。まあ、そもそも投書のコーナーなんて、なにかしらの文字で紙面を埋めるというのが最たる目的のひとつだからしょうがないのだろうけど、書いた当人としては、そこは残してくれよと思ってしまう。そもそも400字でまとめる時点で、相当文章をダイエットしてるわけだからね。まあどうせ身内しか読まない文章で、謝礼がもらえるから文句は言わないけど。このブログの場合はなにももらえないわけだし。

どこからどこまでが日本人なのか?

 香港で暮らしていて、最初に感じ、以後ずっと感じ続けていたことのひとつに「香港には意外と日本人いっぱいいるんだな」ということがある。駐在として来てる日本人はもちろんだが、香港人や中国人と結婚して香港で暮らしている(そして一生香港で暮らすであろう)日本人も大勢いる。そして、ミックス(いわゆるハーフ)も多く、国籍は日本人で名前も日本人風、日本語も喋れるが、一度も日本で生活したことがない(旅行でしか訪れたことがない)という人間もいる。


 とにかくいろんな形の「日本人」が居て、終いには「日本人」って何なんだ、と思ってしまう。少なくとも、僕がこれまでに勝手にイメージしていた日本人という枠組みからは大きく外れているパターンの日本人が多々現れてきたわけだ。日本人というのは、日本で生まれて日本で長く暮らしている人間みたいに思っていたが、まったくそうとは限らない。


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 話は変わるが、2019年にラグビーのワールドカップが日本で開かれる。ラグビーの日本代表には、日本国籍でない人間でも選出され、パッと見では日本(人)代表っぽくない人が混ざった日本代表であることに違和感を感じる人も少なくないはず。ちなみに、ラグビーでの日本代表として出場するための条件は次の3つがあり、そのいずれかの条件をクリアしていることが前提となる。まず出生地が日本であること、次に、両親、祖父母のうち一人が日本出身であること、そして3つ目として、日本で3年以上、継続して居住していること。3つ目条件が非常にユニークだと思うが、でも実はこの発想こそが僕が香港で新しく得たモノの見方のひとつである。その国に居て、生活して、経済活動をしている人間であれば、代表を名乗る権利はあるだろうと。そこで暮らすということ、そこにある文化を受け入れて生活するということは、人種や国籍以上に意味がある。だって僕自身も香港で生活していたときは、日本人として香港に居るというより、香港に居る人間という感覚だった。つまりは、もし自分がなんらかの代表になれるのなら、日本代表よりも香港代表に入る方がしっくりくるという意見だった。


 だから正直これまではちょっとした違和感と醜い先入観込みで観戦していたラグビーの国際試合だが、これからはサッカーやオリンピックとは違った親しみを持って応援ができそうだ。本当に日本が好きと思える人間でつくられたチームであるはずだから。

帰国して1ヶ月

 帰国して1ヶ月経つが、意外すぎるほどすんなり日本に馴染めている気がする。まあ当たり前といえば当たり前で、そもそも生まれ育った国だし、街だし、これまでも定期的に返ってきていた場所だからだろう。最初に香港に引越したときのインパクトや、そのとき感じた希望や不安みたいなものは一切ない。そしてそれと反比例するかのように香港に居た3年半というのが、意外すぎるほどすんなり消え去ろうとしているのも事実。正直、そんなこと(香港で暮らしていたこと)もあったっけ、くらいの消え入りそうな記憶の中のひとつの出来事でしかない。ちょっと長い(海外)旅行だったくらいの温度感、かなりリアルに感じた夢くらいの存在感。


 香港に居た(今も居る)同僚に、この香港の生活は「人生における夏休みだった」と軽い気持ちでLINEしたのだが、自分で言いながらも本当に100点満点の説明だと思っている。だからこそ、香港に行って得たものって何かあっただろうかと考えてしまう。今の所、楽しいこともありましたね、くらいで終わってしまっている気がするわけだ。流石にそれでは、さみし過ぎる。東京から金沢に戻ってきたときは、もっと何か区切りのようなものがあった気がするのだが。


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 でもまあ、そんなもんかな。過ぎ去ってしまったものは、過ぎ去ってしまったもの。でも香港のことは、じっくり消化してから、書き落とさないといけないと思っている。日本に帰国するとき、そして日本から香港にもどったときに、空港と自宅を結ぶタクシーのなかで感じていたあの不思議な感覚にこそ、何か大事なヒントが眠っているような気がする。

20日北國新聞朝刊「地鳴り」に載ったよ

海外に対して不便さが残る(原文)<北國新聞「地鳴り」


2015年北陸新幹線開通直後、金沢から香港に転勤しました。その後、県外からの観光客も増え、近江町や金沢おでんが全国的に注目されているというニュースをよく耳にしたものです。そして、この秋三年ぶりに金沢に戻って来ました。確かに県外ナンバーの車を多く見かけます。日本各地と金沢との距離感は、物理的にも気持ち的にもぐっと縮まったのかもしれません。ですが対海外の面では、まだ不便さが残っています。
小松空港発着の国際便は少なく(香港直行便もありません)、関西国際空港セントレア空港と小松を結ぶ便もないのが現状。海外観光客に対して、金沢までのアクセスは非常に面倒なまま。
世界で最も美しい駅に選ばれた金沢駅、雪吊りの兼六園などは外国人にこそインスタ映えのするスポット。2020年にむけ、次は海外観光客誘致にも目を向ける段階なのではないでしょうか。

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 いざイチからスケジュール立てて海外行こうと思ったら、羽田か関空かに出ないといけなくて、関空セントレアの場合は小松離発着の飛行機がないという事実を知って(飛行機飛ばすには近すぎるんだろうけど、電車移動でも3時間くらいかかっちゃうとなると、時間優先するなら羽田に飛ぶしかない)、なんだよもう超不便だな国内移動だけで1日潰れるじゃんって今さらながらに気づいた。せめて小松から香港やハワイくらい行けてもいいと思うけどな。

ローカル・フードを食べよう

 香港には日系の飲食店が多々あり、香港生活がはじまった直後はよくよく利用していた。味に馴染みがあるのは当然だが、店の雰囲気に戸惑うことはないし、なんといっても外国語でのオーダーのやり取りにビビる必要がない。そもそも店員さんも、注文するのに必要な日本語くらいはわかってくれているという安心感もある。ちなみに、日系レストランに行く度に、香港人が器用だなと思った一面があるのだが、日系のお店では香港人スタッフは皆「いらっしゃいませー」「ありがとございましたー」と日本語であいさつする。客が日本人でも香港人でも中国人でも「いらっしゃいませー」だ。もちろん、妙なアクセントの場合もあるが、とにかく接客マニュアルとして「日本語であいさつ」というのがあるのだろう。一方、日本で中華レストランに入店しても、店員は皆「いらっしゃいませー」と言い、「ニーハオ」とは言わない。もし、日本人のスタッフが日本人相手に「ニーハオ」とあいさつしたら違和感を感じるだろう。でもこういうところからも、日本人が外国語苦手意識をなかなか克服できない一つの要因が垣間見えるような気がする。香港人は日本のレストランで働いたら、自然と日本語であいさつするようになる。言葉の壁、外国語に対する抵抗がすこぶる低い環境なのだ。


 ともかく、日系の飲食店では、日本円換算すると日本で食べるよりかは1.5倍ほど高い値段となり、さらに10%のチャージ料(飲食店のみに発生するもの、絶対払わなければいけない)が上乗せされる。香港に慣れてくるに従って、割に合わないなと感じるようになった。


 で、言葉という恐怖感を感じながらも、徐々に香港ローカルのお店に行くようになった。同じように香港駐在している日本人は、誰もがいつかはブチ当たる壁だろう。ということで、何かの役に立てばと、僕なりのローカル店のハウ・トゥをまとめてみた。


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 たいていの香港のローカル店(茶餐廳:チャーチャンテン)には、メニューに番号やアルファベッドが割り当ててある。だから、オーダー時には、その番号かアルファベッドを伝えればいい。「ナンバー3、プリーズ」みたいに。すると、店員は、小さなメモ用紙に汚い字でテーブル番号とメニュー番号の3をメモしながら、十中八九次に何か聞いてくる。その質問の内容は「飲み物は何にする?」ということ。ので、「アイス・レモンティ」とか「アイス・ミルクティ」と言っておけば間違いない(サービスで付いてくるか3ドル程度の料金)。ただ「ミルクティ」とだけ答えると、アイスかホットか訊かれるから、一気に答える方が双方にとって手間が省ける。で、店によっては、メニューの辛さの度合い(ジョンラーと答えればいい、中辛という意味だ)や、ここで食うか持ち帰って食うか(ヒアかアウェイと答えればいい)を無愛想に尋ねてくる。注文時に訊かれること、交わさないといけない会話はこんなところだ。あとは特に言葉なんてわからなくても、なんとでもなる(店員もめんどくさい外人だとか思いながらも、無難な対応をしてくれる)。


 ちなみに、僕が最後の最後になって、気に入ってランチに何度か通ったのは、尖沙咀の尖東よりに位置するところにある「川婆婆(チュンポポ)」というお店。外賣(オイマイ)と呼ばれる、いわゆる出前もやってるが、わざわざ歩いてよく行った。ちなみにこのお店のランチでは、注文番号と辛さと飲み物を答えればいい。んで、回鍋肉で中辛を頼むと、信じられないくらいの唐辛子が掘り起こされる按配。HK$50程度(下の写真は、回鍋肉と麻婆豆腐。それでも合わせてHK$100しない)。日系のラーメンを食べれば、この倍くらいはする。辛いのが大丈夫な人にはおすすめである。


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◆川婆婆 – 香港尖沙咀的川菜 (四川)火鍋中菜館 | OpenRice 香港開飯喇