ときめきを捨てたとき

 2008年、東京から金沢に帰省することになって、最後にやっておいたことのひとつに、スーツの購入というのがあった。それまでは、仕事でスーツなんてほとんど身につけなかったのだが、次の仕事はスーツ着用らしいので、東京での最後の買い物として、新しい生活用のスーツを買っておこうと思ったわけだ。で、吉祥寺のパルコに行って、ABAHOUSEのグレーの細身のスーツを買った。当時は中野に住んでいたので、わざわざその昔よくよく遊んだ吉祥寺まで行って買うような形だった。で、金沢に帰って、そのスーツを着ていたのだが、当然、年月が経につれて、劣化してく。ただ、東京で買って、持ち帰ったスーツという思い入れがあったため、出来る限り延命治療をしながら使い続けた。が、裾や背中からとめどなく糸ホツレが出てきたり、肘や腕のあたりがみっともなくテカテカしてきたり、誤魔化しようのない破れが生じたりし、今年に入って、もう限界かなと感じたわけである。で、長い出張に出る前に「もういいや、捨てといて」と言い残して、香港に向かった。で、その直後に事実上、香港への転勤が決まった。


 僕が香港に移動になる話が出てから、何故か頭に浮かんで、そのまま脳みそのプールのような場所に、静かにたゆたっていたのが、このスーツのこととだ。古い生活の場であった東京の思い出を捨てたことで、唐突に新しい生活の場が登場する格好になったなと。


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 と、同時に金沢でずっと使っていた電気シェーバーの処分の時期でもあるかなと思った。東京にいた頃は、ろくに髭も剃らなかったので、コンビニで買う簡易なカミソリしか持っていなかった。関係性の薄い人と合うときだけ、それで髭を剃っていた。しかし、金沢に帰ってからは、毎朝毎朝クリームを使って髭を剃らなければいけなくなった。これが非常に億劫だった。そんなとき洗面所の隅っこで埃をかぶっていた親父の電気シェーバーを偶然見つけ、使うようになった。いつからあったものか知らないし、そもそも2~3年くらい誰にも使われずに放置されていたものなので、こんな古いもの(実際、電気シェーバーの寿命がどのくらいなのかは知らないが)、いつまで使っているのかな、でも親父のシェーバーだと考えると、もういいやと捨てるのも忍びなく、使い続けていた感じだ。これも、新しい生活の場に移るにあたって処分しようと思ったわけだ。


 香港に行く前後にて、無意識のうちに、また意図的に処分したもの2つの話。モノの処分、整理、片づけに関して、ちょっとした注目がされている時期かもしれないが、思い入れのあるものを手放すことによって、新しい何かを手することだってあるように思える。