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日曜日の女たち

note HongKong

 日曜日。外に出てみると、ビビった。人が溢れかえっている。人気歌手のコンサート会場からの帰り道のように、少し先に歩くのにも苦労するくらいだ。そしてほどなく、その「人」というのも、ほとんどがイスラム風の人間であることに気づく。というのも、頭に色とりどりのスカーフのようなものを巻いているのだ。確かイスラム教には、「女性は髪を見せてはいけない」とかいう風習があったはずだ。この人だかりは、ヴィクトリア公園まで続いており、というかヴィクトリア公園から人が湧き出てきて、それが街中に溢れかえっているようである。そして公園、そのまわりの道路の至る所に、この何千人の女が座り込んで、物を食べたり談笑したりしているが、何なんだろう。さらに不思議なことには、男は1人もいない。漏れ無く、すべて女だ。


 彼女たちは、「アラブ」を象徴する伝統的な出で立ちながらも、iPhoneを匠にいじってるし、シャネルのチェーン・ショルダー・バッグも持ってるし(本物かどうか知らないが)、年頃の女子大生のようにはしゃいだりもしている。僕が勝手に想像するイスラムの女性としての禁欲的で、拘束が厳しいような生活を送っているようには、まったく見えないことに少なからず違和感を感じた。なんだ、やってることは日本人とも香港人ともキリスト教徒とも一緒なんだなと。しかし、このようなイスラム風な人々の集まりというのは、東京に10年以上居たが、一度も見たことがない。彼女らにとって、東京は住みづらい都市なのだろうか。東京では、世界に誇るおもてなしをしてもらえないのだろうか。週に一度の日曜日を心の底から楽しんでいる彼女たちを見ながら少し悲しい気分になった。


 と、ここまでは、公園を歩きながら思ったこと。家に帰って、少し調べると次のようなことがわかった。


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 彼女らはインドネシアから来た家政婦なのだそうだ。だから男が1人もいないのだ。香港では、家で家政婦を雇うというのがスタンダードで、インドネシアやフィリピンからの出稼ぎの人がその職に就く。これほどまでの人数になるのは、家政婦普及率を証明していると言っていい(ちなみにフィリピン人はカソリック教徒が多く、そちらはセントラルの公園に集まるらしい)。そして、日曜日は家族が家にいるため、家政婦も休日となり、彼女らは公園に集まって羽根を伸ばすことになる。家政婦からしてみれば、彼女らが雇われる家によって、当然当たり外れがあるのだろうが、たいていは朝から晩まで、生きる雑巾のようにコキ使われているらしい。だから、この日曜のイスラム教徒の集まりなど、はっきり言って「迷惑」とか「恐怖」のレベルに達するのだが、大きな非難や排除にならず習慣化されているのは、香港人の温情なのだろう(でも、もしそうなら、普段から家政婦に優しくしろよとも思うのだが)。この事情を知れば、仮に自分の家のまわりでこういった集会が毎週行われていても目をつぶるしかないだろう。訳がわかろうがわかるまいが、彼女たちは本当に楽しそうなのだ。誰よりりも辛い目にあっている人間は、楽しいときに誰よりも楽しい顔ができる。


 ちなみに僕のまわりの日本人スタッフも家政婦を雇っている人が多い。1人暮らしの人は、週に数日だけ、掃除や洗濯をしてもらうのだとか。それで500HKD程度(約8000円)とか聞いた記憶がある。まあ日本人からしてみれば、他人が自分の家の中に入り、ましてや自分の留守中に何かを任せるということに、半端ない不安があるかもしれないが、香港にいる家政婦たちは非常にまじめで優秀らしい。僕が今後、家で家政婦を雇うことはないかと思うが、こういったことを経て、いろんな民族や宗教の背景を垣間見れることは、海外ならではだなと思った。


▲歌が小さいのが残念だけど、下手なストリート・シンガーなんかより、ずっとグルービーでキャッチーだった。これは最新のインドネシア・ポップスなのだろうか? 民謡的なものなのだろうか?