井上夢人著『ラバー・ソウル』を読んで

 まず作者に関して。僕はこの井上夢人(いのうえ・ゆめひと)が描くサスペンスとダークネスが入り混じった小説が非常に大好きである。最初は岡嶋二人というコンビ時代の『99%の誘拐』という作品を読み衝撃を受け、クラインの壺で完全にノック・アウトさせられた。で、僕の中では、コンビやグループの解散後、その中心人物がソロ作品を発表しても、パワーやオリジナリティは落ちるものだと考える。まあ主に音楽に関してなのだが、スティングよりもポリスだし、ジョンもポールもビートルズ時代の楽曲を超えることはできなかったと思っている。だが、井上夢人に関してはまったくクオリティが落ちていない。むしろそれどころか、作品にエグみとドライヴ感が増しているくらいだ。『ダレカガナカニイル…』『プラスティック』『パワー・オフ』『オルファクトグラム』を読んで、そう確信した。すべてが会心の一撃だと。とはいえ、最近まともな読書をしてなかったので、久々ということになるが、そんな井上夢人が2012年に発表した『ラバー・ソウル』を購入した。


◆『ダレカガナカニイル…』感想
◆『プラスティック』感想
◆『パワー・オフ』感想
◆『オルファクトグラム』感想


 物語としては、いわゆる変質者が、とあるモデルさんを付けまわす、ストーカー行為をするといった話で、非常に気色の悪い展開をみせる。怖くなったり不快になったりして途中で読むのをやめる女性がいても不思議でないくらい、生々しく不気味なエピソードのオンパレードであるが、一方で、この変質者のような心に闇を持つ人間の描写というのは井上作品のおハコとも言えるので、読み応えは満点である。とはいえ、すべての井上作品の展開力は、これくらい当たり前なので、今回こそは驚かされないぞと肝に銘じて読み進めたが、まったく想定できないエンディングだった。また、無駄な装飾のない簡潔な文章はとても読みやすく、先の気になる内容なので一気に読み進められる。力の限りおすすめ。


 最後に、タイトルの『ラバー・ソウル』に関して。これはビートルズの6作目のアルバム・タイトルと同じ。僕が高校生のときに、ちょっとオシャレな雑貨屋さんで「Lover Soul」と描かれたバッヂを見つけて「あ、ビートルズのアルバムと一緒だ」と思って、買って、お気に入りとして長い間重宝してたことがある。だから、後付け的にビートルズの中でも、「ラバー・ソウル」はフェイヴァリット・アルバムとしてカウントするようになった。事実、「Drive My Car」「Norwegian Wood(ノルウェイの森)」「Michelle」「Girl」「In My Life」などの名曲が収録されている。ところが、だいぶ後になって、ビートルズは「Rubber Soul」であって、「Lover」ではないことに気づく。ちなみに本家の「Rubber Soul」とは、駄洒落や言葉遊びみたいなもので、明確な意味は無いと言っていい。でも僕はどうしても「ラバー・ソウル」という言葉の響きには、「Lover Soul」というロマンティックなイメージをしてしまうのだ。そしてこの小説に対しても「Lover Soul」であったり「Love Soul」という意味合いの方がしっくりくるような気がする。まったくの個人的な意見だけれども。


【内容情報】(「BOOK」データベースより)
幼い頃から友だちがいたことはなかった。両親からも顔をそむけられていた。36年間女性にも無縁だった。何度も自殺を試みたーそんな鈴木誠と社会の唯一の繋がりは、洋楽専門誌でのマニアをも唸らせるビートルズ評論だった。その撮影で、鈴木は美しきモデル、美縞絵里と出会う。心が震える、衝撃のサスペンス。

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
井上夢人(イノウエユメヒト)
1950年生まれ。’82年、徳山諄一との共作筆名・岡嶋二人として『焦茶色のパステル』で第28回江戸川乱歩賞を受賞。’86年、日本推理作家協会賞、’89年、吉川英治文学新人賞受賞後、同年、『クラインの壷』刊行と同時にコンビを解消する。’92年、『ダレカガナカニイル…』でソロとして再デビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)