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映画「寄生獣」を観て

review

 高校のときに流行った漫画で、まわりに流される格好で読んでみたのが最初。1995年あたりだろうか。意味不明の寄生生物に身体を乗っ取られた人間が、“普通の”人間を食い殺していくというフィクション。正直、あまりノリ気で読みはじめたわけではなかったが、「人間が無残に食い殺ろされる」という猟奇的な設定と描写にキッズ心がひどく揺さぶられ、強烈な印象とともに読み進めた記憶がある。その後、大学のときに再読し、友人から借りたコミックを自分のもののように長い間本棚に飾っておいたくらいだ。それくらい刺激的で妙に気に入った漫画。


 が、物語の終盤に倫理的な内容が展開されはじめた部分から興味が薄れたことも確か。結局、グロテスクなシーンだけ覚えていて、この漫画の大きなテーマに関しては、たいして覚えていない。「筆者は何を言いたかったのか?」「興味ありません」みたいな。


 しかしあれから十数年経ち、このリバイバルで観なおしてみると、当時とはまったく違った視点でこの物語を追っている自分がいることに気づく。


 思うに、アニメ版のサブタイトルにもなっているが、『寄生獣』で本当に描きたかったことというのは「生きる」ことなんだろうなと。「生き続ける」ことを使命として与えられた「遺伝子」、「種」の力強さ。薄っすらとしか覚えていない漫画の最終ページを思い返してみると、そうであろうことに気づく。で、このテーマに関しては、『進撃の巨人』でも似たようなにおいを感じる(昨今の人気の切り口なんだろうか?)。人間を中心に世の中が成り立っていることへのアンチテーゼ。


 映画版では、主人公役の染谷将太君が非常に熱のこもった演技をしてくれており、観応えがある。彼は、園子温監督作品「ヒミズ」という映画を観たときにも、眼力のある役者だなと思い、良い印象を持っていたが、さらに好感度が高まった。個人的に好きな役者の濱田岳に似た世界観を感じる。また、ストーリー的には、田宮という女(寄生獣?)が、子どもを孕み、出産するという「実験」とその結果こそが、この物語の肝になっているように思い返される。アニメも映画もまだこの展開まで進んでいないので、このシーンでの田宮の心理描写に注目したいと思っている。


 ちなみに、1997年の神戸の事件を筆頭に、猟奇的な殺人を犯した人間が『寄生獣』を愛読していたというようなニュースはよく耳にするし、『寄生獣』イコール「有害図書」というレッテルが貼られていると言っても過言ではないだろう。でもしっかり読み込むと、「生」という普遍的なテーマが物語全般にしっかりと横たわっており、「生きる」ことの対局にある「死」を過激に演出することで「生」の尊さ、力強さを描いた物語だということがわかる。残虐なシーンは単なる通過点でしかないのだ。ただ、自分もそうだったが、未熟な未成年が読んだときは、「殺す」という過激なシーンしか印象に残らないのも確かであって、「青少年に悪影響を与える」みたいな問題作という位置づけは変わらないんだろうなと思う。非常に奥の深い、「生きる」意味を考えさせてくれる作品だと思うのだが。


◆映画『寄生獣』公式サイト