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ヒロシマ訪問から1年経って

 去年の今頃はヒロシマにいた。平和祈念式典に参加して、原爆ドームを目のあたりにし、平和記念資料館にも足を運んだ。非常に非常に暑い日だったことを覚えている。で、当然のことながら去年は原爆とか戦争とか平和とかに興味・関心があり、広島訪問の後もしみじみ考えることがあった。平和とか戦争ってなんなんだろうかと。しかし、1年という時間のなかで、リアルに自分の目の前にあるやっかいなことやおもしろいことに立ち会っていると、その感情も薄れてしまっていたりする。元々、イベントとしての「平和祈念式典」参加してみたいという気持ちが大きく、その目標が達成されてしまって別段興味もなくなってしまったというのが正直なところかもしれない。ああ、薄情なもんだなと思ってしまう。だから、8月6日だからということで、早起きして8時15分に黙祷をしたりなど、しなかった(これまでもしてないのだけど)。通常の1日となんら変わらない朝だった。


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 しかし、そういう意味で、ある種逆説的な言い方かもしれないが、僕自信が平和な環境にいるのだろうなと思ってしまう。戦争のことで深く傷ついてもいないし、同じようにどうやっても振り払えないようなヘヴィーな過去や十字架のようなものを抱えているわけでもない。さっき書いたように、「リアルに自分の目の前にあるやっかいなことやおもしろいこと」に対処するだけで、毎日を過ごせているわけである。もちろん、それ相応にデコボコした道を歩いているわけだけど、躓いて動けなくなるようなことなどない。これが一番の平和なんじゃないのかなと思えてくるわけだ。まあいつまでこんな呑気なことを言っていられるのかもわからないが、こういったことを自覚するだけでも、ヒロシマの教訓は活かせているのかもしれない。


 だから、8月6日は、「最近は何の変哲もない1日ばかりで良かったな」と思うようにしていきたい。僕なりにだけど。多分、「風化させない」ということは、こういうことなんだと思う。