鳥越規央 仁志敏久『プロ野球のセオリー』を読んで

 非常におもしろそうなテーマだったので買ってみた。ただ、第1章の「バント」に関するくだりが、ぐだぐだと長すぎる。この章を最初に持ってくる必要はあったのかなと思うが、全般的にはおもしろい内容だと思う。


 ところで、僕が昔、音楽をやっていて身につけたことの一つに、「セオリー」とか「スタンダード」「オーソドックス」といったものは非常に重要視しなければいけないというものがある。音楽をやっていると、どうしてもマニアックなプレイで妙な個性を出したいという欲求に駆られるのだ。「おお、アイツ変わったことしてんな!」みたいに言われたいと。だから、自分なりにコチョコチョと余計な小難しいフレーズを弾いたりするのだが、それって自分が思っているほど他人には良いと思われていないわけである。要は自己満足。なぜか――。


 不思議なもので、無知、無勉強な人間が思い描くスタンダードというものは、とても的はずれな場合が多く、その自分勝手なスタンダードを基準にした、ちょっと変わったプレイというのは、他人からすれば「バカなことやってる」との見方しかされない。だからまず把握すべきは、誰もが思い描くスタンダード。どういうスタイルが一番オーソドックスかを勉強し、把握した上で、そのスタンダードからどれだけ変わったことをするのか、というアプローチが必要。そうすると「おお、そうくるか!」とぐっと興味を持たれる。だから、何をするにしても、まず「セオリー」「スタンダード」「オーソドックス」を頭に叩き込むべきなのだ。オリジナリティはその後に生まれる。いきなりオレ流ではいけないのだ。


 野球でもストライクゾーンがよくわからないまま、自分の好き勝手に投球をしてて、好投手になれるわけがないのと同じである。敵味方、審判、観客が共通で思い描くストライクゾーンがあって、そこからどれだけボールになる球を投げるか、どのタイミング、力加減でストライクゾーンで勝負するかを計算しないとエースとは呼ばれない。それくらい僕は「セオリー」というものは基本で、大事だと思っている。音楽、スポーツだけでなく、何をするにしても。


 そして興味深いのは、この著書は今のセオリーを覆す意味合いもあって、「バントに意味は無い」「2番打者に最強バッターを置くべし」みたいな理論を紹介しているのだが、こういった新セオリーはいくらデータ的な説得力があっても浸透しないだろう。机上の空論で終わる。理由は、今あるセオリーというものが絶対的に強いから。それが正解だろうが不効率だろうがおかまいなしに、セオリーを変えてしまうことは非常に難しいわけだ。高校野球でも、バントをしない強攻策野球が話題になっても一時的なものに過ぎないのは、結局、今定着している「ランナーが出たらバント」というセオリーに飲み込まれてしまうからである。むしろ、あるセオリーに疑問符を投げたところで、そのセオリーがどれだけ確固たるべきものか(優れているという意味ではない)をより鮮明に浮き彫りにしてしまう結果になるだけである。やっぱり2番バッターはバントだよね、にどうやったって落ち着くのは見ていればわかる。


 だからこそ、僕は今あるセオリーというものを重要視したい。自分が効率よく生きていくためには、必要不可欠な鉄則だと思っている。


【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「経験」×「データ」で見ると野球は10倍おもしろい。たとえば「送りバント」。野球界の「セオリー」として重宝されてきたこの作戦はデータ上非効率的であった。それでも、なくならないのはなぜなのだろうか。旧態依然とした作戦がまかり通っているのか、それともデータで見えない有効性があるのだろうか。「経験者」が語る「バント」とは?「データ」が示すバントとは?たとえば「打順」。2番打者は小技、4番打者はホームランバッター。この「セオリー」は理にかなっているのか。経験者は言う。「2番はイチロー」。アナリストは言う。「2番は中村剛也」-データと経験でみる新説プロ野球。

【目次】(「BOOK」データベースより)
第1章 「データ」と「経験」で見た「送りバント」というセオリー(送りバントは「愚策」なのか/統一球がもたらした史上最多のバント数/データ以外にある「経験上」のバントのリスク ほか)/第2章 「データ」と「経験」で見た「打順」のセオリー(解説者・仁志敏久による「最強オーダー」/アナリスト・鳥越規央による「最強オーダー」/セイバーメトリクスはなぜ日本で浸透しないのか? ほか)/第3章 「データ」と「経験」で見た「野球人気低下」というセオリー(視聴率から見る「巨人人気」低迷の理由/「スター不在」が「紳士たれ」の意識を弱くする?/ファン離れが急速に進んだ球界再編問題 ほか)

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
仁志敏久(ニシトシヒサ)
1971年10月4日生まれ。茨城県出身。プロ野球解説者。常総学院高校では準優勝を含む3年連続夏の甲子園出場。早稲田大学、日本生命を経て、96年ドラフト2位で巨人に入団、新人王を獲得。以降レギュラーとして活躍。2007年に横浜、10年アメリカ独立リーグでプレーし同年引退

鳥越規央(トリゴエノリオ)
1969年6月26日生まれ。大分県出身。東海大学理学部情報数理学科准教授。92年、筑波大学(第一学群自然学類数学主専攻)卒業。97年同大学大学院数学研究科修了。博士(理学)。専門分野は数理統計学およびセイバーメトリクス。サッカーなどを含めたスポーツ統計学全般の研究も行なっている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)