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映画「ドラゴンボール」を観て

 ドラゴンボールの映画を観てきた。ドラクエばっかやってるのもいかんなということで映画に出かけたのだが、観ているものは結局鳥山明の絵なのである。まあ別にいいけど。


 この映画の評判はそこそこ良いようであるが、僕が下手なことを言ってハードルを上げたり下げたりするのも嫌なので、ここは少しミニマムで、アウトローな切り口で書いてみる。僕が一番印象に残っているのは、登場人物の具体的な年齢がいくつか出てきたことだ。


 僕がリアルタイムでジャンプのドラゴンボールを読んでいた小学校の頃、ブルマはずっと年上のお姉さんという印象が強かった。けど、この映画では、ブルマがいつの間にか自分と同年代になっていたことに少し驚いてしまった。それはプラスの意味でもマイナスの意味でもない驚きで、小学校時代のクラスメイトの3つ年下くらいの妹が、いつの間にかそれ相応に大人になっていて、なんだ俺らと変わらないじゃんといったような一瞬の空白的な驚きに似ている。人は歳を取ると、均一化されてしまうのだろうか。もしくは、子どもの頃に感じてた年の差や成績、運動能力の差などは、実はたいした格差ではなかったことに気づくのかもしれない。こういった「同類項」のような距離感が、架空の物語として眺めていたキャラクターに生まれたわけだ。


 そして、「自分」を忘れて感情移入するのではなく、一歩引いて、俯瞰する立場になっていることを自覚もした。ブルマの年齢が示されたことによって(そして偶然にも自分と同世代になっていた)、もう僕はこのドラゴンボールの世界に居場所はないと感じた。小学校の頃にプロ野球を観て「僕もプロ野球選手になる!」と思っていたが、いつの間にか選手と同じ歳になって自分がプロ野球選手になれていないことに気づき、超客観的に野球を観るようになったのと同じような感覚だ。そこにエンターテイメントとしての楽しさや興奮はあるけど、舞台のど真ん中に自分が立っている夢物語の要素はなく、あくまで外野席で眺めている。何事でも大人になるってことは、こういうことなんだろうけどね。


 もちろんブルマや登場人物の年齢なんて、連載中も出てきてるし、計算すればわかることではあるのだが、久しぶりに「ドラゴンボール」を紐解いてみて、印象に残ったのは、これらの年齢のことだった。良くも悪くも身近に感じてしまったわけだ。


◆ドラゴンボールZ 神と神 2013年3月30日全国超拡大公開