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「5割る2は?」

 自分の知らないこと、わからないことは、誰かが教えてくれるものだと思っている人が多いような気がします。


 もしくは、自分の知らないことがあったらとりあえずさっさとネットで検索して調べる人と、このネットで調べる習慣がない人との差が開いているのかもしれません。まあでもそんな細かいことはさておき、「誰かが教えてくれるはず」と考えている人は、常に「正解」だけを求めて発言することが非常に多い。相談、確認ではなく、超限定的な質問。


 たとえば、ある人が「5割る2は?」という問題にぶつかり答えがわからなかたっとします。「5割る2ってナンデスカ?」と僕に質問します。すると僕の返答はこうなります。「単純な計算だったら2.5だけど、現実問題では5は2で割れないから3と2になるよ。もしくは2が2つで余りが1つ。今の場合はどれ?」と訊き返すと、「……」と、思考が止まってしまうわけです。「ナンデ、コノ人ハ私ガ質問シテルノニ答エヲ教エテクレナイノ?」。きっと「正解は2.5だよ」とか「正解は3と2だよ」とか、きっちりとした正解を期待していたのでしょう。つまり、今どうして「5割る2」の問題に取り組んでいるかが把握できていないわけです。把握できていないから、調べることもできず、取り敢えず手を挙げて質問するのだと思います。そして、そのすべてを誰かが教えてくれるものだと感じているわけです。だから、こういう人は、また同じような質問をしてきます。「3割る2ってナンデスカ?」とか。目の前の問題を、これまでの経験に添って応用できないのです。


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 でもこれって、学生時代の授業、勉強とまったく同じなのです。先生がすべての答えを黒板に書いてくれて、それを僕らはノートに模写するだけ。テストや試験も明確な正解があり、マルバツがついて返ってきます。答え合わせでも、正解はコレ、それ以外はバツみたいな説明で終了。じゃあ、こうなるよなと、自分でも納得してしまいます。


 金沢では、6日7日に公立高校入試があったそうです。今日は金沢大学の合格発表だそうです。そんなニュースを見ながら、思ったことです。