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ラジオとトーク

 車に乗るようになってラジオを聞くことが多くなった。当然ラジオ番組と言うものはトーク中心の内容で、つまりは運転しながら、前方や左右だけでなくバックミラーにもチラチラ視線を移しながらでも耳だけでそのコンテンツを楽しむことができるわけだ。で、一方カーナビにはテレビ番組を受信する機能もついており、サイドブレーキを外すとテレビ画面は消えてしまうのだが、番組の音声は聞くことはできる。だから、例えば日曜の朝、関口宏のサンデーモーニングなんかは、そのチャンネルに合わせて車を走らせることはが多い。10時の出社に間に合うには、「風を読む」などのコーナーは車の中で聞くことになる。


 また同じように、単調なドラクエのレベル上げの場合、最近YouTubeにアップロードされているラジオ番組を流しながらプレイすることが多い。具体的にはダウンタウンの松本人志と放送作家の高須光聖「放送室」という1時間番組を最近よく聞いている。テレビ画面の音量はゼロにして、PCからのラジオ番組の音を聞きながら、ドラクエをするという形だ。でも、さすがに「たまには違うものを」と思い、他のテレビ番組でトークのみのものを流すこともある。ダウンタウンのガキの使いとか、さまーずの深夜番組とか。そこで不思議に感じることがある。


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 ラジオ番組の場合はまったく問題ない。車の運転やゲームをしながらトークを楽しむことができる。しかし、テレビのコンテンツの場合は、どうもその映像が気になってしまう。ただ誰かが喋っているだけなのに、その姿や素振りを見たくなり、カーナビの何も映ってない液晶画面や、YouTubeの画面に視線を移してしまうのだ。「テレビ」のコンテンツというだけで、「見る」という集中力が奪われてしまっている。これって、ラジオだから、テレビだからという先入観があるからだろうか。今耳にしている情報がテレビだからというだけで、映像も見ないと充分な理解が得られないと思ってしまうのかもしれない。


 僕は車を運転するようになるまで、ラジオなんて古臭い地味なメディアだな、もう明日にでもなくなるんじゃないか、なんて思ったいたが、「視覚」を自由にさせてくれる情報ツールとしてみると、大きなニーズがあり、絶対になくならないものなんだろうなと思った。むしろ、テレビやネットの方が、そのうち新しい何かに取って代わられるような気もする。