こころ中

 ちまちまと、夏目漱石の『こころ』を再読しているのだが、この作品は、つくづく名作だと思う。


 ただ漱石に関して、まともに読んだことのあるのが、この『こころ』くらいで、『坊ちゃん』であったり『吾輩は猫である』といった有名作品は手にとったことすらない。『三四郎』『それから』『門』の前期三部作は、一応読みはしたが、あまり印象には残っていない。だから、後期三部作の『行人』『彼岸過迄』(そして『こころ』)にいたっては、買ったにも関わらず読んでいないという塩梅だ。漱石は明治の文豪であり、漱石作品の日本語は、もう一昔も二昔も古いものとなる(そもそも1900年頃の話だ)ため、読み物として存分には楽しめない、といった意見もある。もしかしたら、その辺が影響しているのかもしれないが。


 ともかく、この『こころ』の主人公の、ふらふらとした暇な大学生という立場は、読んでいると、自分とシンクロしする部分が多い。学生というもののどこかアンニュイな生活というものは、明治も平成も変わりないのだろう。そして、村上春樹も指摘するように、漱石は心理描写に長けていて、情景描写は少ないように感じるが、共感できる表現がすこぶる多い。真に普遍的な「人間」を描けているからなんだろうと思う。こういった時代を超えた真理に僕は感動してしまうのだ。


 ちなみに若い頃は、ダザイが好きで、いわゆる酒と女とブンガク、そして影のある存在感に惹かれていたのだが、年を取ってくると、いやいくらなんでもダザイは人間的にダメ過ぎだろと思ってしまう節がないでもない。だから、最近は「好きな作家は?」と訊かれたら、ダザイと応えるより、「漱石」と応えたい自分ができている。『こころ』しか読んでいないのに。トゲトゲしいものから、深みのあるものへの好みの変化というのは、ディープ・パープルからレッド・ツェッペリンに好みが移るのと似ている気がする。まあ、個人の好みなんて普遍的じゃないということだろうか。


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【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「私」は、鎌倉の海で出会った「先生」の不思議な人柄に強く惹かれ、関心を持つ。「先生」が、恋人を得るため親友を裏切り、自殺に追い込んだ過去は、その遺書によって明らかにされてゆく。近代知識人の苦悩を、透徹した文章で描いた著者の代表作。