1980年12月8日について

 きのう12月8日、facebookやblogなど随所で、ちらちら見かけたトピックスがある。というか毎年見かける。そう、12月8日は、1980年12月8日は、ジョン・レノンの命日。


 しかし僕はといえば1980年は3歳で、当然ジョン・レノンビートルズも知る由もなく、というか世の中のニュース、ましてやアメリカでの出来事などてんで記憶にないし、そもそも3歳時記憶ってもの自体皆無に等しい。だからこのニュースに関して、何も語ることはできない。今振り返ってみて、計算すれば、一応1980年12月8日には、僕もこの世に存在してたということくらいしかわからないのだ。ただ、それだけでも誇りに思えるくらい、1980年12月8日は、歴史的な日だったと僕は思っている。


 僕は、中学1年か2年くらいのときにビートルズを聴きはじめるのだが、自然と4人の中でジョンのファンになった。その頃からおぼろげながらにベースという楽器に興味があったのが、ベーシストのポール・マッカートニーではなく(というか、勝手なイメージで僕は長い間、ビートルズのベーシストはジョージ・ハリスンだと思っていた。存在感的にベースはジョージだろうと。存在感的に)、僕はジョンをかっこいいと、直感で感じた。おそらく、もう死んでいる人という部分に惹かれたのだと思う。あの時分のガキなんて、そういったコトに意味不明な憧れを持ち、勝手に神話化してしまうものだ。だから、あとからじっくりジョンの生き様をなぞってみると、特にビートルズ解散後のヨーコに感化されたエキセントリックな言動や度を超えた平和思想など、正直共感できない部分も少なくない。それでも、それはそれとして、ジョンに対する崇拝は揺らがなかった。思春期の頃に抱いた憧れというもは核ミサイルのように強いのだ。


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 12月8日22時50分、ニューヨークのダコタ・ハウス前でジョンが銃撃された時間は、日本では日付が変わり、今日12月9日お昼の12時50分頃となる。日本のジョンのファンにとっては、8日だけでなく、9日も特別な日になるのかもしれない。