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東京エトセトラ@最後の日

note tokyo

 先日こんな夢を見ました。「今日が東京の最後の日だ。もうあと数時間で金沢に帰ります」というもの。で、夢特有の、なかなか先に進まないもたもた展開に妙に焦燥感を感じたまま目が覚めました。ともかく、起きてから、そういえば実際僕が東京の最後の日って何をしてたのだろうかと気になりました。手帳を開くと、それは2008年9月29日だったようです。4年前の今日です。


 ほぼ日手帳の29日の枠には、「13:00~(アパートの)立ち会い点検」「会社飲み会」「(先日書いた三姉妹の次女と)映画行く」というメモが書かれています。これに加えて、バンド・スタジオで働いていた仲間と新宿コマ劇のロッテリアあたりで時間をつくったことと、国分寺の「宝来」で最後の食事をしたことも覚えています。最後なのでそれなりにスケジュールを詰め込んでいたようです。天気は、金沢ような寡黙な雨が舞っている1日でした。この空模様は、この日の天気と反比例するくらいクリアに鮮明に覚えています。


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 僕がこの日の出来事でよく覚えているのは、国分寺に行くために乗った中央線からの眺め。僕が国分寺にいた頃は、武蔵境駅以降の中央線高架工事が行われていました。踏み切り時間が長く交通の妨げになるので、高架をつくって踏切をなくそうとする大規模な工事です。そんな工事をしている途中で、僕は工事のエリアよりもずっと上りにある中野に引っ越しました。だから、なんか仰々しく工事してるけど、その後どうなったのかはまったく気にもしていなかったわけです。


 そしてこの日、久しぶりに中央線に乗り、武蔵境駅以降に下ってみると、いつの間にか中央線が高架の上を走っているのです。これまでは地面を走っていた中央線が、随分高い位置を、文字通り飛ぶように進んでいるわけです。扉の横に寄っかかりながら、毎日毎日完全に記憶するくらい見ていた景色がまったく違うものになっていました。このとき、単純に新しい景色を見ることができた興奮が少々あり、しかしそれ以上に、中央線がもう僕の知らない中央線になっていることに少し裏切られたような思いとさみしい感情が湧いて来ました。知らない間に、昔の親友が、自分よりももっと仲の良い仲間をつくっていたことを知ったような嫉妬心に似ていたかもしれません。これで、ああもう僕が東京にいる場所がないなと思ったことを覚えています。それくらい僕は中央線をよく使っていたのです。


 ちなみに国分寺から新宿に上るとき、中央線は見慣れた地面を走っていました。おそらく一部のダイヤだけ試験的に高架上を走っていたのでしょう。ので、僕が高架上から武蔵境~武蔵小金井の街並みを眺めたのは1度だけということになります。このときも、もう1回高い位置からの景色を見たかったなという思いと、いやあんなもの見たくないよという相反する感情がありました。


 その後、おそらく会社の飲み会後、朝までどこかに居て、そのまま東京駅に向かい、電車に乗ったのでしょう。でも、それが確かかどうかもさっぱり思い出せません。最後の日といっても、とても地味な思い出しか残ってないようです。