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『ドラゴンクエスト25thアニバーサリー 冒険の歴史書』を読んで

 またドラクエの話。


 もとより今月読んだ本はこれ1冊になりそうです。これだけ本を読まなかった1ヶ月というのは、2009年の8月以来(読書メーター参照)。で、2009年の8月は何をしていたかというと、間違いなく前月の7月にリリースされたドラゴンクエスト9をプレイしていたのだと思います。


 しかし、この本を読んで気づいたのが、これだけ熱中しているドラクエですが、あとから振り返ってみると、たいしてそのストーリーやイベントを覚えていないということです。特に驚いたのが、その2009年にあれだけやり込んで、当時「過去最高傑作」と絶賛していた「9」ですら、その内容をほとんど忘れてしまっていたこと。あげく「見ても、読んでも思い出せない」レベルでの忘れです。一方で、小学校の頃にプレイしたドラクエ1~3の思い出は、どれもしっかり残っています。石版に刻まれた古の賛歌のように、永遠に語り継ぐことができるくらいしっかりと。


 この違いってなんだろうなと思いました。やっぱり幼い頃の思い出やインパクトは大きいものなのでしょう。そして、しっかりと脳の中に残る。といった教科書みたいな原因も当然あるでしょうが、それよりも最近のゲームで言うなら、攻略サイトの秀逸さがあるのかもしれません。つまり、自分が考える前に、攻略サイトで「答え」を確認した上でゲームを進めるので、手応えが残らないのでしょう。一夜漬けのテスト勉強みたいに。


 もちろん、攻略サイトを見ながらゲームを進めても、充分に楽しむことはできます。また時間のないサラリーマンであれば効率的に話しを進める上でとても役に立ってくれます。しかしその代償というのは、数年後に「いやぁ、あのときは楽しかった。感動した」という感傷にふける時間がなくなること。でも、それがわかっていても僕はサイトをチェックすると思います。効率化という名目のもと。だから「思い出」ってのは、いかに無駄なことに真剣に向き合ったかという一面があるのかもしれません。だってそもそもゲームなんてもの自体無駄なころですからね。とういか「趣味」という分野すべてがそうかもしれません。だから効率化が過ぎると、無駄がなくなり、たいした思い出として残らないような気がします。もっと無駄なことに時間を使える余裕ってのを持ちたいですね。そうドラクエが教えてくれている気がします。