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東京エトセトラ@走る

note tokyo

 僕が最初にジョギングでもしようかなと考えたのは国分寺時代のこと。バンドの仲間内でスキーに行こうという話になり、運動なんてものは久しくしてなかったもんで、スキーに出かける前に、ちょっくら近所でも走ってみようかなというのが最初のきっかけでした。しかしスキー後、どうして走ることをやめたなかったのかは、今でもわかりません。


 ただ、本人は走ってるつもりでしたが、今思い返すと、散歩以上ジョギング未満くらいのスタンスで、非常に生ぬるいものでした。長方形のブロックの一辺800メートルくらいを角まで走って、右に折れて300メートルくらい歩く、そしてまた800メートル走って300メートル歩いて1周というコースを2~3周するといったもの。全部で5キロ程度で、そのうち走っている距離は3キロほどなのですが、僕は「いい汗かいたな」と非常に自己満足度だけは高いものでした。


◆国分寺時代コース ジョグマップ ・ ジョギングコース - JogNote


 この頃はタイムも測ってなかったし、音楽を聴きながら走るわけでもなく、本当に「ただ走る」というだけ。食パンになにも塗らずに食べるような味気ないものです。その後、冬場は寒いのでサボりがちになったり、草野球をはじめて「走らなくとも運動してる」みたいな言い分で見送ってた時期もありますが、それでも月に数回は走るようにしていました。


 その後、中野に引越し、2007年、妹の結婚式で行ったハワイで、ランナーズ・ウォッチを買い、やっとタイムを測るようになりました。また、この時期くらいから「JogNote」というサイトに走った距離と時間を記録するようになったので、わりかし真面目に走るようになったと言ってもいいと思います。


 やがて、日曜の夕方に近くにあった「平和の森公園」という公園を走ることが僕のジョグ・ルーティーンになります。この公園では、たくさんのランナーが見受けられました。1周400メートルほどで、同じ場所をぐるぐると走り続けるため、何度も何度もそこにいる誰かを追い越したり、起こされることになります。一方で「おい、もう3回も追い越したぞ」というランナーがいつの間にかいなくなっており、少し拍子抜けしつつも寂しくなることも多々ありました。もちろん、帰るときに僕に挨拶するような筋合いは無いので、文句はないんですけどね。


◆平和の森公園内コース ジョグマップ ・ ジョギングコース - JogNote


 年配の方が夫婦や友だち同士で歩いていたり、ダイエットの一環であろう若い女の子や、見るからに走りこんでますといったたくましいランナーもいます。また、コースの内側の芝生部分では、ボール遊びをしている子連れの家族やラジオ体操のように見えるヨガや太極拳をクネクネと実演している団体、フリスビーをしているカップル、中野という土地柄からかお笑いのネタ合わせをしているアマチュア芸人など、ランナーだけでなく雑多な人種が見られます。


 ただ、唯一、これらの人間に共通点があるとすれば、ここにいる全員がそれなりに充実した時間を過ごしているということでしょうか。とある日曜日に、公園で「何かをしている」こと以上に幸せなことありません。僕がこの公園に毎週出向いてたのは、もちろん「走る」という「自分のため」ではあるのですが、それ以上に他人の幸せなエナジーをもらいに行っていたように思えます。来るべき月曜日朝から5日間続く「日常」に耐えうるために。


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 僕がこの公園に行くのは17時とか18時という時間が多かったため、この活気もあっという間になくなり、気づくと夕方を飛び越して一気に夜になっていることがほとんどでした。僕は一応の走るノルマをこなし、人影の少なくなった公園をあとにします。少しの疲労と、多くの誰かからもらった元気玉を手に。


 僕は中野、東京を離れるにあたって、この公園でのジョギングができなくなることに寂しさを感じました。というのも、この「多くの誰かから何かをもらう」という行為が僕にとっての東京を象徴していたからでしょう。中野で走った時間というものは、とても貴重なものでした。