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僕が通った学校

 僕が東京で「何かを学んだ場所」というのは、得るものだけ得て、すーっと通り過ぎただけの場所のように思えます。


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 というのも、そこで出逢った人々の名前をまったく思い出せないのです。そのときの教室の雰囲気や自分が主にどこに座っていたか、そして会話を交わした誰かの顔や表情は思い出せるのに。


 もちろん、名前の思い出せない人なんてたくさんいても不思議ではないでしょうが、そういう人物が、それなりに色んなことを学んだ3つの学校に集中しているのは不思議なことです。そして、一緒に居た人の名前を忘れてしまった思い出というものは、どうしても噛みごたえのない煎餅のような印象を与えます。


 ところで、当然のことですが、僕が名前をどうしても思い出せない彼ら彼女らだって(おそらく)今もどこかで、彼らなりの生活を送っているわけです。彼らの記憶の中に、かつて通っていた教室に自分と僕が居たことをおぼえているのでしょうか。また、僕の名前を思い出すことができるのでしょうか。気になってしまいます。しかも僕が東京で通っていた学校はどれも同窓会などという催しが行われる見込みもないので、もう二度と彼らと出逢うこともないでしょう。まあ、そう考えても、たいして寂しいとも思わないのですが。