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僕が住んでみた町@西ヶ原(1997~1998年)

note tokyo


 東京に出て最初に住んだのは北区の西ヶ原という場所でした。東京に長く居る人ですら「どこだよソレ」と思う人が多いであろうエリアです。北区にあり、最寄り駅は「滝野川一丁目駅」で、電車は都電荒川線


 都電沿線に住もうという発想に至ったのは、受験で東京に出たときにJR大塚駅周辺のホテルに泊り、この都電に乗って学校まで行ったということからです。でも、上京するにあたって、好き好んで「都電沿線」をチョイスするなんて、まあ普通いないでしょうね。とはいえ、山手線や地下鉄なんかに乗るのは人が多くで厭だと思っていたので、むしろ控えめな路線を見つけることができて都合が良かったと解釈してました。


 という理由で、両親と当時東京に居たという父親のお兄さんとの4人で都電に乗り、適当な駅で降りては歩き、不動産屋さんに飛び込むという形でアパートを探しました。1997年の3月だっと思います。しかし、どういういきさつで、どうやって最終決定に至ったかはまったく覚えてません。


 西ヶ原という町は、ごくごく平凡な下町で、金沢のような自分が知っている町と雰囲気が似ている印象がありました。と言うより、僕は東京という場所はどこもかしこも新宿のような高層ビルが立ち並び、渋谷のように人が行き交ってると想像していたので、この町をとても気に入りました。のんびりしてて、平凡だと。


 アパートは、101号室と102号室の2部屋しかない一見「家」のような建物。僕は101号室に住むことになりました。間取りは1Kでしょうか。家賃は68,000円くらいだっと思います。2階には大家さんが住んでおり、たまに果物とかもらったような記憶があります。玄関を入ったら正面に小さなキッチンがあって、その左側に真四角の6畳の部屋があります。部屋の4つの側面のうち1つが小さな庭に出るための引き戸、もう1つが押入れ、もう1つはバス・トイレの出入口、唯一天井まで壁になっている面には、この引越用に買ったベッドを起きました。部屋の真中にテーブルを置き、引き戸と押入れの間にテレビとコンポを斜めに設置しました。とてもコンパクトながらも、居心地は良かった記憶があります。ともあれ、これがはじめての1人暮らしで、24時間すべてを自分の好きなように使えると思うと、住むところなんぞ豚小屋でも蛸壺でも満足できたように思います。色に例えると、薄いブルーでしょうか。やはり1人暮らしで最初に見た春の空の印象が強いのかもしれません。


 しかし、そのアパートは1年ほどで引っ越しました。理由は、何をするにもアクセスに不便があったからです。当然のことながら、東京で遊ぶとなれば、JRか地下鉄沿線上になります。バンドの練習場所も吉祥寺だったので、週に1回都電で大塚駅まで行き、山手線で新宿に行き、中央線に乗り換える必要があり、行き来に非常に時間がかかりました。好き好んで選んだ金沢のようなおっとりした場所なんかには住んでいられなくなったというわけです。つまりは、住めば都ということでしょう。もっと一般的な場所に移りたいと考えるようになり、なんの躊躇もなく引っ越すことにしました。