とあるラーメン屋さんでの雇用問題

 先日、ラーメン屋さんに行ったときの話。


 そのお店は、そこそこの人気店で、昼夜問わず店前の駐車場に多くの車が止まっている印象がある。で、僕が訪れたのは夜の21時くらい。ちょうど前の客と入れ替わるように、すっと入れて、すっと席につくことができたので、ラッキーという気分だった。


 厨房の中には、名札に「店長」と書かれている男と大学生くらいの男と、冴えないおっさんがいた。店長は、サーフィンでもやってそうな日焼け具合で、中途半端な長さの髪を茶色くしており、ラーメン店スタッフによくあるような髭を生やしていた。中肉中背、年齢は20代中盤くらいだろうか。でも、非常に愛想が良く、嫌味のない爽やかな笑顔を見せ、僕の来店を午前中から待っていたかのように出迎えてくれた。若くてチャラそうなのにしっかりしてるなと僕は思った。


 で、僕のところにオーダーをとりに来たのが、その店長ではなく、おっさん。50代後半くらいで、痩せてメガネをかけており、髪はぼさぼさで白髪が混ざっている。「ごごごチューモンは?」みたいな感じで、挙動不審でなんとも頼りない。僕はつけ麺を頼んだのだが、おっさんはかぶせ気味に「ああアツ? フツウ?」と言ってくる。麺が熱いものにするか、普通の冷たいものにするかを訊いているのだろう。まあ、何が言いたいのか、わかることはわかるが少し雑な言い方だなと思いながらも、じゃ普通でと答えて、つけ麺ができあがるのを待った。


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 店内には後から後から人がやってきて、混み合っていた。その度におっさんが注文を聞きに行くのだが、どうもこの人は要領が悪く、頭も悪そうな人であることがうかがえる。あまりの忙しさに表情というものが消えているのだ。どこかの会社をリストラされて、今に至るといった雰囲気で、あまり幸せとは言えない人生を送ってそうである。きのうまで新宿西口のガード下に居たと言われても驚かない。それでも店長は、そのおっさんにも優しく指示を出しているわけだ。「先に3番さんに餃子を持って行きましょうか」「あ、お会計のお客様がいますよ、お願いします」とか。普通ならイライラして、乱暴な言葉づかいになりそうなのだが、なんとも心が広い店長だなと感心してしまう。仕事の割り振りがきっちりしているのか、必ずおっさんがオーダーを取りに行き、店長が料理をこしらえている。大学生はその両方のサポートみたいな感じなのだが、おっさん1人で終始バタバタ動きまわっている印象だった。


 ところが、座敷の客からオーダーが違うという声があがる。おっさんがおどおどと確認に行き、客に言われるがままに、さっき持って行ったラーメンを厨房に持って帰ってくる。さすがにそのあたりから店長の表情も険しくなってきて、小さな声ではあるが「おい、6番と8番がごっちゃになってねーか?」みたいな口調でおっさんを問い詰めはじめた。そうこうしているうちに、別の席から「餃子まだですかー?」みたいな声も聞こえてくる。店内に不穏な空気が発生。「つくってないなら、もういらないですわー」と客は言うが、すぐさま店長は仏のようなスマイルで「あ、大丈夫です。今もうできますよ」と返答する。まあ、絶対つくってもないのだろうけど、店長の力量なのか、この一言で店内の緊張も少し和やかになった。ところがお次は先ほどオーダー・ミスのあった席に店長が呼ばれ、何やら文句を言われているようだった。おそらく「なんで、この混んでいる中で、あの変なおっさんにオーダーをとらせんだ?」みたな内容だろう。ごもっともなことだ。店中の客全員がそう思っている。


 ちなみに僕の注文したつけ麺が出てくるまでに30分ほど待った。出てきたものも、心なしかぬるくなっていたような気もした。あとから来た隣の客の定食の方が先に出てきたくらいだし、多分、どこかで誰かの注文と間違えられたのだろう。でも、それでも、おいしいと思うくらいなので、腹立たしいのか、最後に満足できたのか、よくわからないまま店を出た。外には多くの客が待っていた。


 どういう経緯であのおっさんが働いているのかさっぱりわからないのだが、おそらく会社として、リストラされた中年の人でも雇用するというような方針があるのだろう。地域貢献の一貫として。ただ、そういうスタンスは非常に立派だと思うが、飲食という業種で客前に出ても良い人間とそうでない人がいると思う。あのおっさんは間違いなく、接客の場に出てはいけないタイプだ。裏で黙々と淡々と餃子を仕込んでいるとかなら、なんら問題ないだろうけどね。


 次にその店に行ったとき、あのおっさんは居るのだろうか。居ないとなんだか世知辛い気分になるだろうし、でも居たら居たで、チッ、今日はハズレだと思ってしまいそうで、行くに行けないお店になってしまった。