鴻上尚史著『あなたの思いを伝える表現力のレッスン』を読んで2

表現で感情が動く


 「どうして私たちはテレビや映画、小説、演劇、マンガの物語を求めるのだろう?」という疑問を持ったことはありませんか?
 いろんな理由があるでしょうか、ひとつは、「経験したことのない感情を味わえる」ということだと思います。
 ものすごく切ない恋愛ものを見て(読んで)胸が押しつぶされるほどキュンとするとか、悲劇のヒロインや冒険物語のヒーローに感情移入して眠れないほど興奮する、なんてことは、日常ではなかなか経験できないことです。
(中略)
 感情がぐわっと動くことは、気持ちいい。たとえ悲しくて涙を流した時も、泣いた後にすっきりとした感情を持ったりするものです。
 そして、気持ちいいだけではなく、今まで知らなかった「感情」を経験することは、人間を豊かにすることだと言われています。「人間にはこんな気持ちもあるんだ」とか「こういう時、こんな感情になるんだ」とか経験することは、たしかに、人間と人生と世界の見方を豊かにすることです。その体験は、僕達の人生を充実させ、僕達の表現を潤します。


 僕が本を読んだり、旅行をしたり、何か人が集まってわいわいやってるところにわざわざ出向いてみたりするのは、まさにここで語られていることがそのまま当てはまります。「経験したことのない感情を味わえる」というやつです。


 しかし、元々僕は本を読むのも、どこか知らない場所に行くのも、そもそも人がたくさん集まっている所なんて、ゴキブリの次くらいに忌み嫌ってました。子どもの頃は、お祭り事は大嫌いだったし、百万石祭りの提灯行列だって一度も参加しなかったです。1人で家に居てファミコンしてるのが何よりもベストだと考えていたし、マンガだっていろんな本を読むよりかは、同じコミックを何度も読み返し隅々まで記憶し、それでもなお再読するタイプでした。とにかく知らない世界と接するのが大嫌いでした。


 じゃあ、いつから好きこむようになったか。


 それを今、無理矢理にでも「この時点」というものを設定するとしたら、バンドを辞めてからのような気がします。ということは、僕の生活の中から音楽が消えたことで、「感情がぐわっと動くこと」がなくなったとも言えるでしょう。だから、その穴を埋めるために、知らない場所や知らない世界に目を向けるようになったのだと思えます。


 新しい世界を知ることに対して、僕は単純に知識量が増えるという自己満足を味わっていましたが、それ以上に表現力が増すという部分に魅力があったのだと今気づきました。というのも、僕は長い間、このブログというもの書いています。こういった表現の場があったがために「経験したことのない感情」を求め続け、また感情がくすぐられたときに即表現する場があったわけです。このため、僕の好き嫌いのものさしが大きく変わっていったのでしょう。


 一方で、こういった表現の場がなかったら僕はどうしてたでしょうか。きっと1日じゅうゲームをしてるような人間になっていたでしょう。外からの刺激をまったく取り入れず、自分に都合の良い情報ばかりインプットし、考え方も偏屈になったと思います。また、仕事やノルマばかりに追われていて、感じるのは負のプレッシャーばかり。人間的な感情の起伏がなくなっても、表現力は落ちてきます。オンとオフをもっとしっかり使い分け、オフの中でのアクトとチャージも色分けしないと、表現する力が発揮されません。


 この本を読んで、「表現力」というものは、仕事上のプレゼンや自己アピールのような「対人」の術だけではなく、「対自分」において重要な能力だと発見しました。否、むしろ自分を見つめなおす意味でも、もっと自分らしい「表現」を探求していく必要があるのだと思います。


【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「何を話すか」だけでなく「どう話すか」に注意を払えば、あなたの思いは伝わります。美しい声で淀みなく話すことが目的ではありません。「声」「体」「表情」を駆使して、相手を退屈させず、魅力的に伝える方法を教えます。人気演出家だからできた、面白くて実践的な表現入門。早稲田大学の人気講義が書籍化。

【目次】(「BOOK」データベースより)
体の緊張を自覚する/体と出会う/体で遊ぶ/声と出会う/声を知る/声で遊ぶ/五感を刺激する/感情と感覚を刺激する/感覚・感情で遊ぶ/他者と付き合う〔ほか〕

【著者情報】(「BOOK」データベースより)
鴻上尚史(コウカミショウジ)
1958年8月2日、愛媛県生まれ。早稲田大学法学部卒業。作家・演出家・映画監督。大学在学中の1981年、劇団「第三舞台」を旗揚げする。1987年『朝日のような夕日をつれて’87』で紀伊國屋演劇賞団体賞、1994年『スナフキンの手紙』で岸田國士戯曲賞を受賞。2008年に旗揚げした「虚構の劇団」の旗揚げ三部作戯曲集「グローブ・ジャングル」では、第61回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)